国内段階 米国 解説ページ
米国移行時及び移行後の主な手続きについて解説します。
移行形態
USを指定国とする国際出願を、USに移行させた上で以下の態様とすることができます。
1.通常の移行手続
下記の2~4を利用せず、USを指定国とする国際出願を、通常通りUSに移行させる手続を行うことが可能です。移行後の国際出願には米国出願として出願番号が割り当てられます。この米国出願の出願日は国際出願日となります。
2.バイパス継続出願(継続出願)
継続出願とは、元の特許出願を基礎として、原出願日を出願日として確保しつつ、新規事項を追加することなく行う特許出願です(37CFR 1.53(b)(1), MPEP §201.07)。上記1の通常の移行手続きに代えて、国際出願を基礎として特許出願する場合を特に「バイパス継続出願」と言います。
3.一部継続出願
一部継続出願とは、一部の内容について原出願日を出願日として確保しつつ、新規事項を追加して行う特許出願です(37CFR 1.53(b)(2))。新規事項を追加できる点で継続出願と異なります。原出願に開示された内容については、原出願日を基準に所定の特許要件が判断されます。反対に、原出願に開示されていない内容については、現実の出願日を基準に特許要件が判断されます(MPEP §201.08)。例えば、出願後に実施例を追加したい場合等に用いられます。
4.分割出願
分割出願とは、原出願に開示された発明の一部を、別途権利化する目的で行う特許出願です(37CFR 1.53(b)(1))。継続出願と同様に、新規事項を追加することはできません(MPEP §201.06)。審査官からの限定要求(restriction requirement)に基づいて、権利化を希望する発明について出願する場合に用いられます。
出願言語
1 翻訳文
(1)翻訳の言語
翻訳は英語で行うこととされています(35USC 371(c)(5))。
なお、翻訳文を国内移行期限までに用意できない場合には、日本語で記載された国際出願については、とりあえず日本語のまま移行することも可能です。この場合、国内移行後、所定の時期にUSPTOから補正指令がなされ(37CFR 1.495(c))、この指令における指定期間(通常2月以内)に翻訳文を提出することができます。
但し、この場合、翻訳文の提出には手数料が必要となります(37CFR 1.492(i))。
(2)翻訳の方法
翻訳文は、基本的には、国際出願のミラートランスレーションを行うことになります。
例えば、国際出願の全体から一部でも欠く翻訳(たとえば図面中に含まれるテキストの翻訳を欠く翻訳等)は許容されません(MPEP 1893.01(d) Translation第1パラグラフ)。
なお、国際出願に基づいて付与された特許の範囲が、原文新規事項であるときは、裁判所は、当該特許が国際出願の範囲を超えている範囲に関してその強制不能を宣言することにより特許範囲を遡及して制限できることとされています(35USC 375)。
(3)翻訳文の提出期間
翻訳文の提出期間は、優先日から30月とされています(PCT22条(1))。
(4)翻訳文不提出の効果
優先日から30月以内に翻訳文が提出されなかった場合には出願人に通知され、翻訳文の提出の機会が与えられます(37CFR 1.495(c))。それでも翻訳文が提出されなかった場合には国際出願が放棄されます(37CFR 1.495(h))。
2 誤訳訂正
(1)誤訳訂正の可否
誤訳訂正は認められます(MPEP 2163.07)。
(2)誤訳訂正の手続
誤訳訂正は、特許発行前であれば補正で行うことができます。
誤訳訂正は、特許発行後であっても、再発行出願により行うことができます(35USC 251)。
移行時の補正
1 マルチクレーム・マルチマルチクレーム
米国において、マルチマルチクレーム(2以上のクレームを択一的に引用するクレーム(マルチクレーム)を引用するクレーム)は許容されていないため、米国への移行時にマルチマルチクレームが存在する場合、補正によりマルチマルチクレームを解消することが必要です(35USC 112(e))。
一方、マルチクレームについては許容されていますので、補正によりマルチクレームを解消することは必須ではありません。しかし、米国ではマルチクレームがあることにより追加手数料が発生しますので、補正によりマルチクレームを解消することをおすすめしています。また、米国では、クレーム数が20を超えると追加手数料が必要となります。マルチクレームのクレーム数は、従属先のクレーム数となりますので、クレーム数が増えすぎないように、米国への移行時にマルチクレームを解消することが多いです(MPEP 608.01(n))。
2 誤記の訂正
明細書を翻訳する際に誤記が見つかることがあります。米国での審査時に誤記訂正を行うことも可能ですが、誤記のみを指摘するオフィスアクションが発行されて権利化が遅延する可能性もありますので、米国への移行時に誤記の訂正を行うことをおすすめしています。
3 Jepsonクレーム・Means Plus Functionクレーム
出願が以下のようなクレームを含む場合、米国での審査時にクレームが正しく解釈されるようにするために、米国への移行時にクレームを修正することがあります。詳細については弊所までお問い合わせください。
(1)Jepsonクレーム
日本語のクレームにおける「~おいて」の部分は、米国の特許実務上preambleであると判断されて、特許性に意味がないものとして扱かわれることがあります。そのため、「~おいて」の部分もクレーム(発明)の一部である場合は、米国への移行時に「~おいて」の部分がクレームの一部であることを明確にする補正を行う場合があります。
(2)Means Plus Functionクレーム
米国への移行時のクレームが、Means Plus Functionクレームを意図していない場合、Means Plus Functionクレームであると判断されないようにクレームの表現を変更する補正を行う場合があります。特に、情報系の発明の出願の場合、日本語のクレームでは、Means Plus Functionクレームと判断され得る場合が多いため、英訳時又は移行時の自発補正時に、Means Plus Functionクレームと判断されないような表現に変更することがあります。
付属書類
1 提出書類
国際出願から米国に移行する場合、出願人は以下のものを米国特許商標庁に提出する必要があります(35USC 371(c))
(1)国内手数料
(2)国際出願のコピー(ただし、35USC 371(a)により必要とされない場合、又は国際事務局により既に送付されている場合を除きます)
(3)国際出願のクレームにおいて、条約第19条に基づく補正があるときはその補正、及び当該補正が英語以外の言語でされているときはその英訳文(ただし、当該補正が国際事務局から特許商標庁に既に送付されている場合を除きます)
(4)35USC 115の要件及び宣誓又は宣言に関する規則に従って作成された発明者の宣誓書又は宣言書
(5)国際予備審査報告書の添附資料が英語以外の言語でなされているときはその英訳文
2 IDS
米国への出願人は、米国出願時~特許証の発行までの間、審査官に情報開示陳述書(Information Disclosure Statement: IDS)によって出願人が知っている先行技術文献を提出する義務を負っています(37CFR 1.56)。そのため、上記の書類と共に、米国への移行時にIDSを提出することが多いです。
なお、IDSの提出を怠った場合、特許権を取得したとしても、当該特許権は、不公正な行為又は詐欺(フロード)によって取得したものであると判断されて権利行使ができなくなることがあります。
3 委任状
米国特許商標庁に対する手続は、米国代理人を介して行うことができますが、そのためにはその案件の代理権を有することを示す「委任状」を提出しておく必要があります(37CFR 1.34(b))。日本では、包括委任状を日本特許庁へ提出すると、個別の出願に対して委任状を提出する必要がなくなりますが、米国では、各出願に委任状を提出する必要があります
特殊手続
1 グレースピリオド
35USC 102(b)には、新規性について規定した同条(a)項の例外として、5つのパターンが示されています。例えば、出願日前1年以内にされた開示が、発明者若しくは共同発明者により行われたか、又は当該発明者若しくは当該共同発明者から直接若しくは間接に開示された主題を取得した他の者により行われた場合(下図1)には、当該開示は、先行技術とならないとされています(Appendix L – Patent Laws (uspto.gov))。
また、米国のグレースピリオドの特徴としては、出願時(移行時)の申請手続きは必要なく(ただし、出願時(移行時)に、グレースピリオド適用について明細書に記載しておいてもよい)、審査段階で宣誓書を提出すればよいこと等が挙げられます。
2 PPH
PPHには通常型PPH、PPH MOTTAINAI、PCT-PPHの3つがあり、米国特許商標庁はそのいずれも採用しています(特許審査ハイウェイのガイドライン(要件と手続の詳細)・記入様式 | 経済産業省 特許庁 (jpo.go.jp))。例えば、国際調査報告書で新規性、進歩性及び産業上の利用可能性のいずれも「有」と判断された場合には、国際段階での成果物(国際調査報告、国際予備審査報告等)に基づいてPCT-PPHを申請し、より早期の権利取得を図ることができます。ただし、本来その国で取得できたはずの権利より狭くなる可能性もはらみます。なお、PPHの申請に係る庁費用は無料です(Patent Prosecution Highway (PPH) | USPTO)。
米国特許商標庁は、2022年1月1日からの取り組みとして、PPH申請受理後、一次審査通知までの平均期間と、一次審査通知に対する出願人による応答後、次の審査通知までの平均期間とをそれぞれ3月以内に短縮する目標を掲げており、PPHを申請した場合の審査の迅速化が期待されます(01_ja.pdf (jpo.go.jp))。
3 審査請求
米国には、審査請求制度がなく、全ての出願について審査がなされることになります。したがって、原則として、米国では出願時又は移行時に米国特許商標庁に対してExamination Feeを支払う必要があります(PCT fees in US dollars | USPTO)。
諸期限
1 主要な手続の期限
期限 | 補足説明 | |
---|---|---|
移行 | 優先日から30月以内 | 37CFR 1.495(h) |
翻訳文提出 | 同上 | 37CFR 1.495(h) 提出されなかった場合には、出願人に通知され、提出の機会が与えられる(37CFR 1.495(c)) |
宣誓書又は宣言書 | 同上 | 37CFR 1.495(h) 提出されなかった場合には、出願人に通知され、提出の機会が与えられる(37CFR 1.495(c)) |
19条補正の写し及びその英訳 | 同上 | 37CFR 1.495(d) |
国際予備審査報告の付属書類の英訳 | 同上 | 37CFR 1.495(e) 提出されなかった場合には、翻訳文の提出に認められた期間(37CFR 1.495(c))内に提出可 |
審査請求 | 不要 | 審査請求制度なし |
自発補正 | 出願日、継続出願の出願日、移行日から3月以内 | 37CFR 1.115(b)(3) |
限定要求/選択要求 | 書面:2月 | MPEP 710.02(b), 810 最大5月の延長可 37CFR 1.136(a) |
口頭:3営業日 | MPEP 812.01 | |
OA応答 | 方式:2月 | MPEP 710.02(b) |
実体:3月 | 37CFR 1.134, MPEP 710.02(b) 最大6月まで延長可(37CFR 1.134) | |
不服審判請求 | 審判請求書:最後の拒絶理由通知が発行されてから6月 | 37 CFR 1.134, 41.31(a)(1) |
審判請求理由書:審判請求書の提出から2月以内 | 37CFR 41.37(a) 最大5月の延長可 37CFR 1.136(a) | |
バイパス継続出願 | 優先日から30月以内 | MPEP 1895.01 |
一部継続出願 | 優先日から18月以内 | 先の出願について特許の付与、放棄、最終拒絶されるまでのいずれかがなされる期間中、出願が可能ですが、先の出願の出願公開から1年以内に出願しなければ、その出願公開が先行技術として扱われるおそれがあり(35USC 102(a))、注意が必要です。 |
分割出願 | 米国特許庁係属中 | 35USC 120, 121, 37CFR 1.53(b)(1) |
異議申立 | 特許付与日又は再発行特許の発行日から9月以内 | 35USC 321(c) |
2 その他の手続の期限
(1)誤訳訂正期限について
誤訳を訂正する場合は、補正可能な時期に補正書を提出して行います。補正可能な時期は、以下の5つが挙げられます。
① 最初の拒絶理由通知の発送日前(37CFR 1.115)
② 最初の拒絶理由通知を受けた日から3月以内(最大6月の延長可)(35USC 133, MPEP710.02(b))
③ 最後の拒絶理由通知を受けた日から3月以内(最大6月の延長可)(35USC 133, MPEP710.02(b))
④ 審査官によって具体的に要求されたとき(MPEP 714)
⑤RCE(継続審査請求)を行うとき(37CFR 1.114)
なお、特許発行後であっても、訂正証明書の提出(37CFR 1.323)、再発行(37CFR 1.173)により誤訳を訂正できる機会があります。
(2)グレースピリオド(新規性喪失の例外規定)について
グレースピリオド(新規性喪失の例外規定)は、新規性を喪失した日から1年以内に基礎出願がされている必要はありますが(35USC 102(b))、当該基礎出願の出願時に特別の手続きをしておく必要はありません。発明者等の開示を引例とした拒絶理由が通知された場合、宣誓書等を提出すること(37CFR 1.130(a), (b))、又は、発明者等による事前の開示に関する陳述を明細書に含ませること(37CFR 1.77(b)(6))で対応します。
費用 ※2024年6月現在
1 主要な費用
費用($) ※1 | 補足説明 | |
---|---|---|
移行 | 320 | 37CFR 1.492(a) |
調査手数料 | 540 | 37CFR 1.492(b)(3) |
審査手数料 | 800 | 37CFR 1.492(c)(2) |
継続出願・一部継続出願・分割出願 | 320 | 37CFR 1.16(a) |
20を超えるクレーム1つにつき | 100 | 37CFR 1.492(e) |
3を超える独立クレーム1つにつき | 480 | 37CFR 1.492(d) |
多項従属クレームを含む出願 | 860 | 37CFR 1.492(f) |
100頁を超える明細書等書類50頁につき | 420 | 37CFR 1.492(j) |
IDS提出費 | 260 | 37CFR 1.17(p) |
※1:費用はすべて大規模団体(Large Entity)を対象とした場合のものです。審判請求の申請手数料等の一部費用を除き、小規模団体(Small Entity)の場合は上記費用の4割、マイクロエンティティ(Micro Entity)の場合は上記費用の2割となります。
2 その他の費用
費用($) ※2 | 補足説明 | |
---|---|---|
誤訳訂正 | – | – |
30月後の翻訳文提出 | 140 | 37CFR 1.492(i) |
30月後の宣誓書又は宣言書 | 160 | 37CFR 1.492(h) |
限定要求・選択要求 | – | – |
優先権回復 | 2100 | 37CFR 1.17(m) |
継続審査請求(1回目) | 1360 | 37CFR 1.17(e)(1) |
継続審査請求(2回目以降) | 2000 | 37CFR 1.17(e)(2) |
審判請求 | 420 ※2 | 申請手数料のみを表示しています(37CFR 41.20(a))。申立書の提出、準備書面の提出、口頭審理を求める請求等を行う場合にはさらに費用がかかります(37CFR 41.20(b))。 |
※2:費用はすべて大規模団体(Large Entity)を対象とした場合のものです。審判請求の申請手数料等の一部費用を除き、小規模団体(Small Entity)の場合は上記費用の4割、マイクロエンティティ(Micro Entity)の場合は上記費用の2割となります。