国内段階 欧州 解説ページ

欧州移行時及び移行後の主な手続きについて解説します。

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移行形態

1 欧州特許

 欧州特許は、欧州特許条約(EPC)により付与される特許です(EPC2条(1))。EPC締約国は、ドイツ、イギリス、フランス等を含む39か国に上ります。欧州特許が付与されると、その付与の告示が欧州特許公報に公告された日から、それが付与された各締約国において、当該締約国で付与された国内特許により与えられる権利と同一の権利が自動的に与えられます(EPC64条(1))。なお、一部の締約国では、国内で欧州特許権を有効化するために、翻訳文の提出が必要となります(EPC65条)。

 さらに、2023年6月に開始した欧州単一特許制度の下では、欧州特許に基づいて欧州単一特許を取得することも可能となります。単一特許は、欧州単一特許制度に参加している全ての加盟国において単一効を有する特許であり、欧州特許と比べて権利の有効化及び維持のための手続きがより容易になります。

2 国際出願の「欧州段階」への移行

 EPC締約国は、全てPCT締約国でもあるため、EPCが関係国について効力を生じた日以降にされた国際出願については、欧州特許庁が、EPC締約国の指定官庁及び選択官庁として行動することができます。欧州特許庁が指定(又は選択)官庁であり、国際出願日が与えられた国際出願は、「Euro-PCT出願」とも呼ばれ、通常の欧州出願と同様の効力を有します(EPC153条(2))。

 このように、国際出願を「国内段階」としての「欧州段階」に移行することにより、全てのEPC加盟国に効力が及び得る権利(欧州特許)の取得を図ることができます。

3 EPC締約国における権利取得のためのその他のルート

 上記2.の、「国際出願を「欧州段階」へ移行し、欧州特許を取得する」というルート(ルート1)は、EPC締約国における権利取得のために有力なルートの1つです。

 一方で、EPC締約国の多く(ドイツ、イギリス、イタリア等27か国)では、各国特許庁を指定(選択)官庁として、「国際出願を直接「国内段階」へ移行し、国内特許を取得する」というルート(ルート2)をとることも可能です。これらの国で権利取得を図る場合に、どちらのルートを選ぶべきかについては、こちらをご参照ください。

 EPC加盟国の中にはルート2をとることができない国もあります(フランス、オランダ、ベルギー等12か国)。国際出願を利用してこれらの国で権利取得を図る場合は、ルート1をとることになります(PCT45条(2))。

4 Euro-PCT出願の「拡張」又は「認証」

 EPC締約国以外でも、Euro-PCT出願の「拡張」又は「認証」により、発明の保護を求めることができる国があります。ただし、「欧州段階」への移行の際に、手数料を納付する必要があります(詳細はこちら)。

 出願日が2022年10月1日以降であるEuro-PCT出願について、「拡張」が可能な国は、ボスニア・ヘルツェゴビナであり、「認証」が可能な国は、カンボジア、モロッコ、モルドバ共和国、及びチュニジアです。

出願言語

1 翻訳文

 国際出願が欧州特許庁の公用語以外の言語で国際公開された場合、欧州段階への移行のために公用語による翻訳文の提出が必要です(EPC153条(4)、規則159(1)(a))。欧州特許庁の公用語は、英語、フランス語及びドイツ語です(EPC14条(1))。例えば、日本語で国際出願を行った場合には、上記の公用語による翻訳文を準備する必要があります。翻訳文は、移行期限(優先日から31月)までに提出します。

2 翻訳文を提出しない場合

 出願人が翻訳文を期限までに提出しない場合、欧州出願は取り下げられたものとみなされます(規則160(1))。出願が取り下げられたものとみなされたときは、欧州特許庁はその旨を出願人に通知します(規則160(2))。欧州特許庁からの上記通知があった場合でも、出願人は通知から2ヶ月以内に翻訳文を提出することが可能です(EPC121条)。

3 誤訳訂正

 EPC14条(2)には、提出した翻訳文に誤訳がある場合、欧州特許庁における手続において誤訳の訂正を行うことができる旨が規定されています。これは国際出願の場合も同様であり、例えば、出願人は国際出願時における日本語明細書に基づいて誤訳の訂正を行うことができます。

移行時の補正

1 マルチマルチクレーム・マルチクレーム

 マルチマルチクレームとは、マルチクレーム(2以上のクレームを択一的に引用するクレーム)を引用するマルチクレームのことです。欧州出願では、日本出願及び米国出願と異なり、マルチマルチクレームが許容されています。また、欧州出願では、米国出願と異なりマルチクレームが含まれていても追加手数料が発生しません。したがって、欧州出願では追加手数料が発生しないようにクレーム数を15以下におさえるために、マルチクレーム及びマルチマルチクレームを積極的に活用することをおすすめします。例えば、欧州への移行が想定される国際出願の場合、国際出願時にマルチマルチクレームを設けておき、マルチマルチクレームを残した形式で欧州へ移行し、日本への移行時にはマルチマルチクレームを解消した形式に補正を行うとよいでしょう。

2 クレーム数

 欧州出願では、クレーム数が15を超えると1クレームにつき250ユーロの手数料が発生します。さらに、クレーム数が50を超えると1クレームにつき630ユーロの手数料が発生します。したがって、欧州へ移行する場合にはクレーム数を15以下におさえることにより、追加手数料の発生を回避することができます。

3 2パート形式

 2パート形式とは、発明の主題となる部分(先行技術に相当する部分)と、発明の特徴となる部分とを分けて記載する形式であり、米国出願のクレームのような先行技術部分と特徴部分とを分けずに並列に列挙する形式と異なります。欧州特許出願のクレームは、2パート形式で記載することが求められます(規則43(1)(a),(b))。
 なお、2パート形式に必ずしなければいけないわけではなく、欧州特許庁からの拒絶理由通知(規則94(3))で2パート形式にするように求められた場合であっても、2パート形式にすることが適切でない場合には米国のような構成要件を列挙する形式を用いることができます。欧州へ移行する場合にクレームを2パート形式に補正するタイミングについてはこちらをご参照ください。

4 参照符号の挿入

 欧州出願が符号を含む図面を含んでいる場合、クレームに記載された技術的特徴の文言の後に、当該技術的特徴に対応する図面中の符号を括弧に入れて挿入します(規則43(7))。なお、挿入した符号はクレームを限定するものとは解釈されません。

付属書類

1 移行時の手続き

 出願人は以下の手続きを欧州特許庁に行うことで、国際出願から欧州に移行できます(規則159(1))。
(1)欧州特許庁の公式言語によって国際出願がされていないときは、以下の翻訳文(英語、フランス語及びドイツ語)の提出
ア PCT出願書類
イ (必要に応じて)19条補正の補正書と陳述書
ウ 34条補正の補正書

(2)欧州段階に移行する出願の特定
(3)国内基本手数料の支払い
(4)サーチ料の支払い
(5)審査請求の提出
(6)第3年度分の維持年金の支払い
(7)必要があれば、EPC55条(2)の博覧会証明書の提出

 なお、委任状、優先権を証明する書類の提出は不要です(Euro-PCT Guide 15版段落2.9.014、5.13.004)。

特殊手続

1 新規性喪失の例外

 新規性喪失の例外の規定は欧州出願にもあります。しかし、規定が適用される要件が非常に厳しいため、欧州での権利化が重要であれば、発明の発表前の出願がお勧めです。規定の対象となる場合は下記の(1)又は(2)の場合です(EPC55条)。

(1)出願人又はその法律上の前権利者に対する明らかな不正行為によって公知になった場合
(2)公の又は公に認められた国際博覧会における出願人又はその法律上の前権利者によって発明が開示された場合

 新規性喪失の例外の規定の適用を受けるためには、上記(1)及び(2)の場合ともに、6月の猶予期間(グレースピリオド)に欧州に出願(移行)する必要があります。上記(2)の場合には、出願時に申請書類を提出し、出願後4月以内に証拠書類を提出する必要があります。

2 PPH

 PPH(特許審査ハイウェイ)は欧州出願にもあります。日本国特許庁を第1庁とした場合のPPHの適用を受けるための要件と提出が必要な書類とを下記にお示しします。※1欧州特許庁のPPHの解説

(1)要件
ア 欧州出願及び日本出願において、優先日又は出願日のうち、最先の日付が同一である
イ 日本出願にて許可と判断された一又は複数の請求項を有する
ウ 欧州出願の全ての請求項が、日本出願にて許可と判断された一又は複数の請求項と対応している
エ 欧州出願が欧州特許庁において審査の着手がされていない

(2)提出書類
ア PPHの申請書
イ 日本で許可と判断された請求項と欧州出願のクレームの対応関係に関する宣誓書
ウ 日本国特許庁が発行した全ての審査通知の写しとその翻訳文
エ 日本で許可と判断された請求項の写しとその翻訳文、日本国特許庁で採用された文献の写しとその翻訳文

3 PACE

 欧州出願では、早期審査を受ける手続としてPACE (Program for accelerated prosecution of European patent applications)があります。PACEにより、欧州出願の審査を促進することができます。PACEを申請することで欧州特許庁にはその申請から3月以内にオフィスアクションを発行する努力義務が課されます。ただし、補充欧州調査報告の作成期間は現状(6月)以上迅速化できません。※2欧州特許庁のPACEの解説

4 その他の審査早期化の手段

 その他の審査早期化の手段としては、「規則70(2)の通知を受ける権利の放棄」、「規則161/162の通知を受ける権利の放棄」、「欧州特許庁への早期移行」が挙げられます(詳細はこちら)。

諸期限

1 主要な手続きの期限

期限補足説明
移行国際出願日(優先日がある場合には優先日)から31月規則159
翻訳文提出同上EPC153条(4)
19条補正の補正書と陳述書の提出同上規則159
審査請求国際出願の国際調査報告の公開の日から6月又は優先日から31月のいずれか遅い期限EPC153条(6)
規則159(f)
自発補正日本語での国際出願の場合、規則70(2)の通知から6月、規則161/162の通知から6月規則70、規則161、規則137(2)
OA応答庁発送日より通常4月規則132(2)
不服審判請求決定の通知の日から2月
なお、審判請求書の提出と審判料の支払いを済ませる。また、審判請求の理由は4月以内に提出する。
EPC108条
分割出願出願が欧州特許庁に係属中規則36(1)
異議申立特許付与の言及から9月EPC99条(1)

2 新規性喪失の例外について

 新規性喪失の例外の規定の適用を受けるためには、6月の猶予期間(グレースピリオド)に欧州特許出願する必要があります(EPC55条)。公の又は公に認められた国際博覧会において出願人又はその法律上の前権利者によって発明が開示された場合では、出願時に申請書類を提出し、出願後4月以内に証拠書類を提出する必要があります。

3 10 day rule

 期限について10 day ruleの規定が欧州出願にはあります(規則126(2))。この規定は、欧州特許庁からの通知により応答期限が生じる場合には、猶予期間が付与されるというものです。欧州特許庁からの通知の日付から10日後を応答期限の起算日と見なします。なお、期限が通知の日付に基づかないものには適用されないため注意が必要です。例えば、パリルートの規則70(2)の通知は、応答期限が出願公開から6月以内であるため、10 day ruleは適用されません。
 なお、10 day ruleは、2023年11月1日より廃止されます。

4 Further processing

 欧州には期限の徒過や権利の喪失を救済する手続としてFurther processingがあります(EPC121条、規則135)。期限の徒過又は権利喪失のいずれかに関する通知から2月以内にFurther processingを申請することで、期限の徒過や権利の喪失が救済されます。

費用

1 主要な費用

費用(€)補足説明
移行130Rules relating to Fees 2条(1)1
調査料1390Rules relating to Fees 2条(1)2
指定国料630Rules relating to Fees 2条(1)3
審査料1750Rules relating to Fees 2条(1)6
16以上のクレーム1つにつき250Rules relating to Fees 2条(1)15
51以上のクレーム1つにつき630同上
登録料990Rules relating to Fees 2条(1)17
維持年金(3年目まで)550Rules relating to Fees 2条(1)4
維持年金(4年目)630同上
維持年金(5年目)880同上

2 その他の費用

費用(€)補足説明
分割出願(第2世代)225Rules relating to Fees 2条(1)1b
分割出願(第3世代)455同上
分割出願(第4世代)680同上
分割出願(第5世代以降)910同上
審判請求料2785Rules relating to Fees 2条(1)11
異議申立料840Rules relating to Fees 2条(1)10

単一特許指定

1 バリデーション

 欧州特許が付与されると、その付与の告示が欧州特許公報に公告された日から、それが付与された各締約国において、当該締約国で付与された国内特許により与えられる権利と同一の権利が自動的に与えられます※1。この際、欧州特許権が自動的に有効化される締結国と、欧州特許権を有効化するために所定の手続きが必要な締結国とがあります※2。この有効化に必要な所定の手続きが「バリデーション」と呼ばれるものです。バリデーションには、庁費用の納付、翻訳文の提出及び国内代理人の指定が含まれます。翻訳文は、欧州特許の付与が公告された日から3月以内に提出されなければならないので※3、この3月以内が実質的なバリデーションの期限になります。

2 単一特許指定

 2023年6月に開始した欧州単一特許制度の下では、欧州特許に基づいて欧州単一特許を取得することも可能となります。単一特許は、欧州単一特許制度に参加しているすべての加盟国において単一効を有する特許であり、欧州特許と比べて権利の有効化及び維持のための手続きがより容易になります※4。欧州単一特許を取得するためには、欧州特許の付与が公告された日から1月以内に、単一特許指定の請求及び翻訳文の提出を行わなければならないので※5、この1月以内が欧州単一特許を取得するための手続きの期限になります。欧州単一特許を取得する場合には、欧州単一特許制度の加盟国でのバリデーションは不要になります。一方、欧州単一特許制度の非加盟国での権利を有効化するためには、従来通りバリデーションが必要です。

(1)欧州単一特許の翻訳文
 欧州特許の全文の翻訳文を欧州特許の付与が公告された日から1月以内に提出することが求められるのは、2023年6月の開始から6年~最長12年の移行期間中の手続きです。翻訳文の言語について、欧州特許が英語で出願されている場合には、任意の1つのEU公用語(英語を除く)での翻訳文の提出が必要です。欧州特許がドイツ語又はフランス語で出願されている場合には、英語での翻訳文の提出が必要です※5

(2)欧州単一特許の費用
 単一特許指定の請求そのものには庁費用はかかりませんが※6、維持年金はかかります。維持年金の費用は、従来型の欧州特許のバリデーションが多かった上位4か国(ドイツ、フランス、イタリア、オランダ)の維持年金の総額に相当します※4

(3)欧州単一特許の効力
 単一特許は、欧州特許庁による単一的効力の登録日に制度に参加している参加国をカバーします。具体的には、2023年6月時点での単一特許制度の批准国のオーストリア、ベルギー、ブルガリア、デンマーク、エストニア、フィンランド、フランス、ドイツ、イタリア、ラトビア、リトアニア、ルクセンブルク、マルタ、オランダ、ポルトガル、スロベニア、スウェーデンに効力が及びます。他の国が新たに批准した場合には、批准した日の前に単一的効力が登録された欧州統一特許は、当該他の国には及びません※4

 欧州単一特許に関係する訴えは、統一特許裁判所が管轄します。具体的には、侵害訴訟、特許無効訴訟、非侵害確認訴訟、仮保護に関する訴え、ライセンス料に関する訴えは、統一特許裁判所によって管轄されます※7

リファレンス
※1 Article 64 EPC Article 64 – Rights conferred by a European patent | Epo.org
※2 Article 65 EPC IV. Translation requirements after grant pursuant to Article 65 EPC (epo.org)
 EPO – National validation
※3 Article 65 EPC Translation of the European patent
※4 EPO – Unitary Patent 06_keynote5_jp.pdf (jpo.go.jp)  [特許/欧州] 欧州単一特許制度の基礎知識(1) – 創英国際特許法律事務所 (soei.com)
全体的な参考:【EP】和 欧州特許付与に関する条約2015.06 (jpo.go.jp)
※5 Regulation (EU) No 1260/2012 Article6 Transitional measures
※6 No fees are due for the filing and examination of the request for unitary effect or for registration of a Unitary Patent.
※7 EPO – Unitary Patent 06_keynote5_jp.pdf (jpo.go.jp)  [特許/欧州] 欧州単一特許制度の基礎知識(2) – 創英国際特許法律事務所 (soei.com)